大判例

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東京高等裁判所 昭和39年(う)1921号 判決

被告人 酒井一郎

〔抄 録〕

一、被告人の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意第一点について。

論旨はいずれも、被告人には未必的にも被害者清谷有子を殺害する犯意はなかつたもので、ただ、被告人が同女に対して猥褻行為に及んだ際、同女が声を出したので、それが原判示の小屋の外に聞えるのを恐れ、声を出させまいとして無意識に同女の首を押えたに過ぎず、これを被告人に未必的殺意があつたと認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというにある。

よつて按ずるに、原判決挙示の各証拠を綜合すれば、殺意の点を含め、原判示の強制猥褻致死、殺人の事実を優に肯認することができる。所論は、被告人には未必的にも殺意がなかつたというが、被告人は、検察官に対しては未必的殺意のあつたことを、繰り返し供述しているのみならず(被告人の検察官に対する昭和三九年五月二一日付及び同月二三日付各供述調書)、被告人が被害者の頸部を絞めるに至つた経緯とその際の模様は、原判決の摘示するとおり、被告人が原判示の小屋で被害者に対して原判示のような猥褻行為に及んでいた際、同女が悲鳴をあげたため、声を出させまいとして原判示のように両手で同女の頸部を絞めつけ、折柄小屋の外に男女の人声がしたので、それが遠ざかるまで絞め続け、その後一旦手をゆるめたところ、同女がまた悲鳴をあげたため、再び右同様同女の頸部を両手で絞めつけ、同女が静かになつたのを見て漸くその手を放したというのであり、医師船尾忠孝ほか一名作成の鑑定書、特にその鑑定主文中、被害者の「頸部に存する絞痕は巾が一・五―二・〇糎内外のやわらかい索条を頸部に二周り又はそれ以上巻きつけ頸部を強く緊縛することによつて生じたものと推定される」との記載、船尾忠孝の検察官に対する供述調書、被告人の検察官に対する各供述調書(昭和三九年五月一九日付、同月二一日付及び同月二三日付)を綜合すれば、被告人が被害者に対してなした右絞頸の所為は両手に強い力をこめて継続的に、かつ、殆んど時間をおかずに二回にわたつて繰り返して行われたものであることが極めて明らかであつて(所論のように単に首を押えた程度のものとは到底認められない。)かかる行為を僅か九才の少女に対して行つたものであることを考え併せれば、被告人は右の絞頸行為によつて被害者を死に致すことのあるへきを認識しながらあえてその行為に出たものと認めるに充分であり、もとより被害者の死が所論のように被告人の単なる過失に基づくものと認める余地は更になく、被告人の検察官に対する前示供述は措信するに足り、所論のように取調官の誘導または作り上げによるものではないことが明白である。

さすれば、その挙示の証拠によつて被告人に未必的殺意のあつたことを認定した原判決は正当であつて、原判決には所論のような事実誤認のかどはなく、論旨は理由がない。

二、弁護人の控訴趣意第二点について。

論旨は、本件犯行は強制猥褻罪(刑法第一七六条)と傷害致死罪(同法第二〇五条)をもつて処断さるべきものであつて、これを強制猥褻致死罪(同法第一八一条、第一七六条)と殺人罪(同法第一九九条)とを適用して処断した原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れないというのである。

しかし、すでに前示一、において詳述したとおり、被告人には未必的ながら被害者に対する殺意のあつたことが明らかであるから、被告人に殺意のなかつたことを前提として、原判決が刑法第一九九条を適用したことを非難するのは当らない。また所論は、本件被害者に対する絞頸行為は強制猥褻の行為とは全く別個の行為であり、被害者は猥褻行為とは無関係な絞頸行為によつて死亡したのであるから強制猥褻致死罪は成立しないと主張するけれども、強制猥褻致死傷罪の死傷の結果は、必ずしも、猥褻行為自体若しくはその手段たる暴行行為によつて生じたものであることを必要とせず、猥褻行為をなすに際し用いられた暴行によるものであれば足りると解すべきところ(大正一五年五月一四日大審院判決、集五巻一七五頁)本件絞頸行為は、一面においては所論のとおり犯行の露見をおそれ、被害者に声を立てさせまいとしてなしたものであることが明らかであるけれども同時に、被告人はこれによつて同女を静かにさせたうえ、更に猥褻行為を継続しようとしたものであることが、被告人の検察官に対する前顕各供述調書によつて認められる被告人が右絞頸行為をなした後、同女が静かになると再び原判示のような猥褻行為に及んでいる事実に徴し明白であるから、右絞頸行為は、被告人が被告人が被害者に対し強制猥褻行為をなすに際し加えた暴行にほかならず、到底所論のように本件強制猥褻の行為と全く別個の行為ということはできない。これによつて被害者を死に致した本件においては強制猥褻致死罪の成立することは疑問の余地がない。所論は独自の証拠判断に基づく事実の認定を前提とするか、若しくは独自の法律解釈に立脚するもので採用の限りでない。しかして、婦女に対して強制猥褻行為をなした者に、被害者に対する殺意があつた場合には、強制猥褻致死罪のほか、更に殺人罪が成立すると解すべきことは、原判決において指摘するとおり最高裁判所の判例とするところであるから(昭和三一年一〇月二五日最高裁判所第一小法廷判決、最高裁判所刑事判例集第一〇巻第一〇号一四五五頁)、原判決が原判示事実を認定したうえ、強制猥褻致死の点につき刑法第一八一条、第一七六条後段殺人の点につき同法第一九九条を各適用し、同法第五四条第一項前段、第一〇条により重い殺人罪の刑に従つて処断したのは相当であつて、原判決には所論のような法令の解釈適用を誤つた違法はない。されば論旨は理由がない。

(松本 海部 石渡)

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